ジーン・シモンズ(KISS)の名言

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ジーン・シモンズ(KISS)のプロフィール


ジーン・シモンズは、アメリカ出身のベーシストヴォーカリスト。1970年代にWICKED LESTERを結成し、ギタリストポール・スタンレーが加わり本格的に活動、1枚アルバムをレコーディングしたがレコード会社との契約はうまくいかず、ポールと共に脱退、新たなバンドを模索。雑誌の広告欄に自身のことを出していたピーター・クリスが加わり、さらにサウンドを強化するため、ギタリストをもう1人加えようということになりオーディションでエース・フレーリーが加入。1973年にバンド名をKISSとし、1973年に初ライヴ。その後1974年にデビューした。その後は紆余曲折あったが、KISSで活動を続けている。
kISSでの作曲や作詞のほか、火吹きや血を吐くパフォーマンスなど、KISSでの演出を担当。
音楽活動意外では、俳優としても活動している。
大学で教育課程を学んでおり、卒業後は音楽活動と並行して国語教師として教壇にたっていたという一面もある。
現在はKISSで活動する一方、GENE SIMMONS BANDとしても活動しており、2017年には「LOUD PARK 17」で来日した。



ジーン・シモンズ(KISS)の名言/言葉

私としては、引き際というものを見極めることも大切なのではないかと思っている。それがいつになるのかについては、まだ具体的には決めていないがね。


アメリカが発祥の地である「人民の人民による人民のための」という考え方を、私は気に入っている。指導者が必ず正しいとは限らない。真の力は一般の人間が握っているんだ。


一番難しいのは心と魂を忘れないこと。自分達がやっていることの高潔さを忘れないこと。本来のあり方を忘れないこと。AC/DCはそれをやっている。METALLICAもやっている。偉大なバンドは皆やっている。


私が望むような状態に私達がなっていない日は、私達はステージには立たない。我々にとってステージで「ベストである」ことは、それほど意味のあることだからだ。


過去の栄光では、生きていけない。もちろん過去については誇りに思っているが、我々には常にリングに立てる用意が整っている。そうでなければチャンピオンではいられないんだ。


私達にとって総ての決断を下すのは難しい。やるべきことをやるしかない。仕事を怠けず、その年に人気があったものが何であろうと影響を受けないように努めるだけだが、それは本当に難しいことだ。


ピーター・クリスとエース・フレーリーがいなかったらKISSは誕生し得なかった。だけどピーターとエースの存在がないからこそ、今現在の自分達がここにいられるんだ。トミーとエリックがいなければ現在のKISSは成立しない。


近年では録音されたものを流しながら演奏して、偽物の音楽を聴かせるバンドも多い。時代を代表するような人気バンドの多くがフェイクミュージックをファンに披露している。我々はそんな真似などしない。


自分自身に対して正直であれ。他の雑誌が何をやっているかなど気にすることなく、自分達のやるべきことだけをやればいい。


時代を代表するような人気バンドの多くがフェイク・ミュージックをファンに披露している。我々はそんな真似などしない。


気になる音楽があればすぐにチェックするようにしているし、それがどこの国から登場したものかということは余り関係ない。


自分にとって大切なことであれば、無理が効くものなんだよ。


ライヴでどの曲をプレイしろとか我々のキャリアをどうしろといった指図を私に出す資格はファンにはない。我々が他の人々の言うことに耳を傾けていたなら、そもそもKISS自体が存在していないだろう。


人生というのは、時にリレーのようだ。全速力で走るのに限界がある者もいる。そうなった時は、バトンを次の走者に託すしかない。


ジュリアード音楽院のような学校で勉強し、音楽理論を理解している人々の尺度で言えば、私達は演奏家ではない。


大抵のバンドは決まりきった型に囚われ、ジャンルという檻に閉じ込められてしまう。メタルはメタルの檻の中に、ポップスはポップスの檻の中に、カントリーはカントリーの檻の中に。


我々は国境を超越したバンドだ。特定の1つの国とは繋がっていない。


KISSのコンサートを観るために大金を払った人達は、払った金額に相応しいものを観たと思いながらコンサート会場を後にするべきだ。大事なのはそれだけだよ。


曲にはコーラスがなくてはいけないし、キャッチーで繰り返されるリフがなくてはいけない。大抵の場合は、そういうリフは私から出る。


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